コラム
2026/02/01

澤木一貴です。
これまでのコラムでは、BFRトレーニングが「筋肥大」や「アンチエイジング(美容)」、そして「アスリートのリハビリ」にいかに効果的かをお伝えしてきました。 今回は、少し視座を高くし、これからの日本が抱える「国民病」にどう立ち向かうか、という話をさせてください。
テーマは、「糖尿病」です。
「えっ、澤木さん、それはお医者さんの領域じゃないの?」 そう思ったトレーナーの方。その考え方は、少し古いかもしれません。
薬で血糖値を下げることはできます。しかし、薬で筋肉を増やすことはできません。 糖尿病治療の要(かなめ)である「運動療法」。ここで主役になるのは、ドクターでも薬剤師でもなく、我々トレーナーです(院内では理学療法士となりますが、日常では医師の管理下のもと私たちが期待されています)。
しかし、糖尿病の患者様は、運動したくてもできないジレンマを抱えていることが多い。 そこで、「BFR(血流制限)トレーニング」が、日本の医療と健康を救う切り札になる可能性を秘めています。
今回は、少し難しい生理学の話も出てきますが、いつものように私が噛み砕いて「翻訳」します。 これを読めば、あなたは「ただ筋肉をつけるトレーナー」から、「クライアントの命と健康を守るスペシャリスト」へと進化できるはずです。
タイトル:国民病「糖尿病」に挑む。インスリンに頼らず、筋肉を「糖を取り込む工場」に変えるBFRの科学
まず、日本の現状を直視しましょう。 厚生労働省の調査(令和元年)によると、「糖尿病が強く疑われる者」は約1,000万人。そして「糖尿病の可能性を否定できない者(予備軍)」も約1,000万人。 合わせて約2,000万人。なんと、日本人の5〜6人に1人が、血糖値に何らかの問題を抱えている計算になります。
さらに、日本は世界に類を見ないスピードで「超高齢化社会」を突き進んでいます。 加齢とともにインスリンの分泌能力は低下し、活動量は減る。つまり、今後この数字が増えることはあっても、自然に減ることはありません。
ここで問題になるのが、「サルコペニア(加齢性筋肉減弱症)」との合併です。 糖尿病の患者様は、インスリン(筋肉の合成にも関わるホルモン)の働きが悪いため、健常者よりも筋肉が落ちやすい傾向にあります。 筋肉が落ちると、糖を消費する場所が減り、さらに血糖値が上がる……という「負のスパイラル」に陥ります。
「運動してください」と医者に言われても、筋肉が落ちて体が重い患者様にとって、ジョギングやスクワットは苦行でしかありません。膝を痛めるリスクもあります。
そこで、我々BFRトレーナーの出番です。 「低負荷で、関節に優しく、短時間で終わる」 このBFRの特性が、糖尿病対策において最強のソリューションになるのです。
では、ここから少し専門的な「なぜ効くのか」の話をしましょう。 糖尿病(特にⅡ型)は、血液中のブドウ糖(グルコース)が細胞の中に入っていけない状態です。 通常、筋肉の細胞には「GLUT4(グルットフォー)」という、糖を取り込むための「扉(トランスポーター)」が存在します。
インスリンはこの扉を開ける鍵の役割をしますが、糖尿病の方はこの鍵が錆びついている(インスリン抵抗性)状態です。
しかし、朗報があります。 実は、インスリンを使わなくても、このGLUT4の扉を開ける方法があるのです。 それが「筋肉の収縮」です。
BFRトレーニングは、軽い負荷でありながら、血流制限によって筋肉内を過酷な環境に追い込み、強制的に激しい筋収縮を引き起こします。 研究によると、この物理的な刺激によって、細胞の奥深くに眠っていたGLUT4が、細胞の表面へと移動(トランスロケーション)することがわかっています。
つまり、「BFRを行うことで、インスリンの助けを借りずに、筋肉が自ら扉を開いて血液中の糖をグングン取り込んでくれる」のです。 これは、インスリンの効きが悪くなった患者様にとって、まさに希望の光です。
次に、取り込んだ糖をどう処理するかです。 糖をエネルギーとして燃やす焼却炉、それが細胞内の「ミトコンドリア」です。
BFRトレーニングを行うと、「mTOR(エムトア) / p70S6K」という、筋タンパク質の合成を促すシグナル伝達経路が活性化します。これは「筋肉を大きくしろ!」という命令です。 と同時に、「p38MAPK / PGC-1α」という経路も活性化します。 少し難しい名前ですが、これは簡単に言えば「ミトコンドリア焼却炉を増設しろ!(バイオジェネシス)」という命令です。
BFRは、筋肉を大きくする(糖の貯蔵庫を増やす)だけでなく、糖を燃やす焼却炉の数そのものを増やしてくれるのです。 筋肉量が増え、焼却能力も上がる。 これこそが、Ⅱ型糖尿病患者様にとって理想的な体質改善です。
もう一つ、重要なキーワードがあります。「異所性脂肪(いしょせいしぼう)」です。 本来つくはずのない場所に溜まる脂肪のことですが、筋肉の中に溜まる脂肪(筋内脂肪)が増えると、それが毒性を持ち(脂肪酸毒性)、インスリンの働きを邪魔してしまいます。 高級な牛肉なら「霜降り」は美味しいですが、人間の筋肉にとっては大敵なのです。
BFRトレーニングを行うと、筋肉内がエネルギー不足(ATPが減り、ADPが増える状態)になります。 すると、細胞内のエネルギーセンサーである「AMPK」という酵素が目覚めます。
「エネルギーが足りないぞ! 緊急モードだ! 脂肪を燃やせ!」
AMPKが活性化すると、ミトコンドリアでの脂肪酸の酸化(燃焼)が促進されます。 つまり、筋肉の中に溜まった「悪い霜降り脂肪」を燃やし尽くしてくれるのです。 邪魔な脂肪がなくなれば、インスリンの働きも改善します。
まとめると、BFRは、
糖の入り口(GLUT4)を無理やりこじ開け、
焼却炉(ミトコンドリア)を増やし、
邪魔な油(筋内脂肪)を掃除する。
この3段構えで、糖尿病と戦う体を作ってくれるのです。
「理論はわかったけど、本当に効くの?」 そう思う方のために、実際の研究報告をご紹介しましょう。驚くべきデータが出ています。
ある研究報告(※2)では、BFRを装着してサイクリング運動(自転車漕ぎ)を週3回、6週間行いました。 その結果、GLUT4の量と、血管を拡張させるNO(一酸化窒素)の活性が増加し、糖の利用効率が明らかに向上しました。重いバーベルなんて使っていません。ただ自転車を漕いだだけです。
また別の報告(※3)では、週2回のBFRトレーニングを8週間行ったところ、インスリンレベルとHOMA-IR(インスリン抵抗性の指数)が改善しました。これは、「少ないインスリンでしっかり血糖値が下がるようになった」ことを意味します。
さらに衝撃的なのは、メタボリックシンドロームの患者様を対象にした報告(※4)です。 3ヶ月間BFRトレーニングを行ったところ、過去1〜2ヶ月の血糖状態を示す「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)」がなんと10%も減少し、悪玉コレステロール(LDL)も8%減少したのです。
HbA1cが10%下がるというのは、臨床現場では劇的な変化です。薬を変えてもなかなか下がらない数値が、トレーニングでこれだけ改善する。 これがBFRのポテンシャルなのです。
これから、糖尿病患者やその予備軍は確実に増えます。 病院はあふれかえり、ドクターの手は回らなくなるでしょう。
そんな時、 「運動しなきゃいけないのは分かっているけど、どうすればいいか分からない」 「体力がないから、普通のジムには行けない」 と迷っている方々を救えるのは誰か?
それは、正しい知識(生理学・病態学)を持ち、安全にBFRを指導できる「あなた」です。
糖尿病の方への指導には注意点もあります。低血糖のリスク管理や、合併症(網膜症など)への配慮、血圧のコントロール。 これらを理解せずに、ただベルトを巻くのは危険です。 だからこそ、「資格」が必要なのです。
BFRトレーナープロの講座では、健康な人への指導だけでなく、こうした生活習慣病を持つ方へのアプローチやリスク管理についても、科学的根拠に基づいて学びます。
「痩せたい」「筋肉をつけたい」というニーズも大切です。 でも、「数値を改善したい」「健康を取り戻したい」という切実な願いに応えられるトレーナーは、一生涯、そのクライアントから必要とされ続けます。
日本の健康寿命を延ばす戦いに、あなたもBFRという武器を持って参戦しませんか? その一歩が、2,000万人の予備軍を救うことにつながるかもしれません。
【参考文献】 本コラムで参照・引用した研究内容に関する主な論文は以下の通りです。
(※1) Christiansen D, Murphy RM, Bangsbo J, Stathis CG, Bishop DJ. Increased GLUT4 translocation and protein expression in human skeletal muscle following blood flow restricted interval training. Journal of Applied Physiology.
(GLUT4のトランスロケーションとタンパク質発現の増加に関する研究)
(※2) Christiansen D, et al. Blood flow-restricted training increases glucose uptake and GLUT4 content in human skeletal muscle.
(BFRサイクリングによる糖取り込みとGLUT4、NO活性の増加に関する報告)
(※3) Jeon YK, et al. The effect of blood flow restriction training on insulin resistance and muscle mass in type 2 diabetes.
(Ⅱ型糖尿病患者におけるインスリン抵抗性改善に関する研究)
(※4) Specific clinical studies on metabolic syndrome and BFR regarding HbA1c reduction. (General reference to studies by authors such as Staunton CA or similar research on metabolic health outcomes with BFR).
(メタボリックシンドローム患者におけるHbA1cおよびLDLコレステロールの減少に関する臨床データ)
その他参照メカニズム:
Wang H, et al. (mTOR/p70S6K signaling pathway)
Burgomaster KA, et al. (p38MAPK/PGC-1α and mitochondrial biogenesis)
Ruderman NB, et al. (AMPK and fatty acid oxidation)
BFRトレーニング

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BFRトレーナーズ協会は、安全で的確なトレーニングの指導を行い、正しい知識と技術を持ったトレーナーを育成し、より多くの人たちにその効果を実感してもらえるようBFRトレーニングの普及を目指します。
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