持久力=心肺機能だけではない?パフォーマンスを左右する「筋肉の中身」持久力パフォーマンスといえば、最大酸素摂取量(VO2max)や乳酸性作業閾値(LT)、エネルギー効率といった全身的な指標が注目されがちです。しかし、これらの指標が高いだけでは、必ずしも優れた持久力パフォーマンスに繋がるとは限りません。真の持久力を発揮するためには、運動を実際に行っている「骨格筋」そのものの特性、いわば「筋肉の中身」が決定的な役割を果たします。本稿では、最新の研究論文「Under the Hood: Skeletal Muscle Determinants of Endurance Performance」の知見に基づき、持久力パフォーマンスを左右する骨格筋レベルの重要な要因を解説します。これらの要因を理解することは、トレーナーがより効果的なトレーニング戦略を立て、クライアントの持久力を最大限に引き出すための深い洞察を与えてくれるでしょう。さらに、近年注目されるBFR(Blood Flow Restriction)トレーニングが、これらの筋肉内要因にどのように関与しうるかについても考察します。第一部:持久力を決める5つの筋肉内要素持久力パフォーマンスは、筋肉内部の複数の要素が複雑に絡み合って決まります。特に重要な5つの要素を見ていきましょう。1. 筋線維タイプ:持久系アスリートの選択筋肉は、主に収縮速度や疲労耐性の異なる線維タイプで構成されます。持久系アスリートの筋肉は、一般的に*遅筋線維(タイプI)*の割合が高いことが知られています。タイプI線維は、収縮速度こそ速筋線維(タイプII)に劣るものの、ミトコンドリアが豊富で酸化能力が高く、疲労しにくいという大きな特徴があります。また、機械的効率(少ないエネルギーで力を発揮する能力)にも優れているため、マラソンやトライアスロンのような長時間の運動を持続する上で極めて有利です。2. 筋線維サイズ:小さい方が有利?酸素拡散の重要性意外に思われるかもしれませんが、筋線維の断面積(FCSA)に関しては、一般的に小さい方が持久力パフォーマンスと正の関連性を示す研究結果が多く報告されています。これは、筋肉がエネルギーを生み出すために不可欠な「酸素」の供給と深く関わっています。 筋線維が小さいほど、毛細血管から線維の中心部にあるミトコンドリアまでの酸素の拡散距離が短くなります。酸素がより速く、効率的にミトコンドリアに到達できるため、エネルギー(ATP)産生がスムーズに行われ、持久的な活動が維持しやすくなるのです。これは、筋肉内部での物理的な酸素輸送の効率性がパフォーマンスに影響することを示唆しています。 ただし、これは絶対的なものではありません。もし毛細血管が非常に密に張り巡らされ、かつ筋線維内の酸素運搬役であるミオグロビンの濃度が高ければ、酸素供給体制が十分に強化されているため、ある程度大きな筋線維サイズでも高い持久力を維持できる可能性も示唆されています。筋力と持久力のバランスを考える上で重要な視点です。3. ミトコンドリア:エネルギー生産工場とその能力ミトコンドリアは、細胞内の「エネルギー生産工場」であり、酸素を使って脂質や糖質から大量のATPを合成する酸化能力を担っています。この能力が高いほど、筋肉は有酸素的にエネルギーを供給し続けることができ、長時間の運動継続が可能になります。また、高い酸化能力は、疲労物質とされる乳酸の生成を抑制し、生成された乳酸をエネルギー源として再利用する能力も高めるため、疲労耐性の向上にも直結します。4. 毛細血管:酸素供給のハイウェイ筋肉を取り巻く毛細血管は、血液中の酸素を筋線維に届けるための「ハイウェイ」です。毛細血管密度が高いほど、より多くの酸素を、より速やかに筋線維へ供給することが可能になります。これにより、筋肉は高いレベルでの酸素摂取を維持でき、ミトコンドリアでのエネルギー産生を活発に行うことができます。優れた持久力を持つアスリートの筋肉には、筋線維一本あたりを取り囲む毛細血管の数が非常に多いことが特徴です。5. ミオグロビン:筋肉内の酸素輸送・貯蔵ミオグロビンは、筋線維内に存在するタンパク質で、血液中のヘモグロビンから酸素を受け取り、ミトコンドリアまで運搬する役割を担っています。また、一時的に酸素を貯蔵する機能も持ち合わせています。ミオグロビン濃度が高いほど、筋線維内での酸素の移動がスムーズになり、特に運動強度が高まった際や一時的な血流不足時にも、ミトコンドリアへの酸素供給をサポートします。シナジーの重要性:要素間の連携これら5つの要素は、それぞれが独立して重要であるだけでなく、互いに連携し、相乗効果を発揮することで、高い持久力パフォーマンスを支えています。例えば、毛細血管密度が高くても(酸素供給路の確保)、ミトコンドリアの酸化能力が低ければ(酸素利用能力の限界)、酸素を十分に活用できません。逆に、ミトコンドリアが多くても、毛細血管からの酸素供給やミオグロビンによる酸素輸送が追いつかなければ、その能力を最大限に発揮できません。効率的な線維タイプ(タイプI)の中に、豊富なミトコンドリアがあり、それを取り囲む密な毛細血管網と十分なミオグロビンが存在し、かつ酸素拡散に有利な線維サイズであること。これら全てがうまく組み合わさって初めて、卓越した持久力が生まれるのです。トレーニングを計画する際には、この全体的な連携を意識することが重要です。表1:骨格筋の持久力決定要因と主な役割・関連トレーニング筋要素 (Muscle Factor)持久力における役割 (Role in Endurance)主なトレーニング刺激 (Primary Training Stimulus)筋線維タイプ (Fiber Type)疲労耐性、機械的効率 (主にタイプI)先天的要因大、長期的なトレーニング適応筋線維サイズ (FCSA)酸素拡散距離 (小さい方が有利な傾向)トレーニングの種類により変化ミトコンドリア (Mitochondria)酸素を利用したATP産生、乳酸利用低強度持続トレーニング (LIT)毛細血管 (Capillaries)筋線維への酸素供給高強度インターバル (HIIT)、低酸素、(BFR?)ミオグロビン (Myoglobin)筋線維内の酸素輸送・貯蔵高強度インターバル (HIIT)、低酸素第二部:トレーニングによる筋肉の変化:持久力を高める戦略幸いなことに、これらの筋肉内の要素の多くは、トレーニングによって適応し、改善させることが可能です。どのようなトレーニングが、どの要素に影響を与えるのでしょうか。トレーニング適応の基本原則筋肉は、与えられた刺激(トレーニングの種類、強度、時間、頻度)に対して特異的に適応します。持久力を総合的に高めるためには、目的に応じて様々なトレーニング刺激を組み合わせ、個々の適応能力を考慮した計画的なピリオダイゼーション(期分け)が不可欠です。低強度トレーニング(LIT)の効果比較的低い強度で長時間運動を続ける低強度トレーニング(LIT)は、主にミトコンドリアの量を増やし、その質(酸化能力)を高める効果が期待できます。長時間の持続的なエネルギー供給要求が、ミトコンドリア新生(mitochondrial biogenesis)を促すシグナルとなるためです。これにより、脂質を利用する能力も向上し、より長く楽に運動を続けられるようになります。高強度トレーニング(HIIT/SIT)の効果高強度インターバルトレーニング(HIIT)やスプリントインターバルトレーニング(SIT)は、短時間で高い負荷をかけるトレーニングです。これらは、速筋線維(タイプII)の持久的能力を改善するだけでなく、毛細血管密度の増加やミオグロビン濃度の増加を促す可能性が示唆されています。高い代謝ストレスや一時的な低酸素状態が、血管新生を促す因子(VEGFなど)の産生を高め、酸素供給能力の向上に繋がると考えられます。特に、低酸素環境下での高強度トレーニングは、VEGFやミオグロビンの遺伝子発現をさらに促進する可能性も報告されています。偏極トレーニング:両方の利点を組み合わせる近年注目されている偏極トレーニング(Polarized Training)は、トレーニング時間の大部分をLITに費やし、一部を高強度トレーニング(HIITなど)に充てるアプローチです。これは、LITによってミトコンドリアを中心とした酸化能力を高めつつ、HIITによって酸素供給能力(毛細血管、ミオグロビン)や無酸素性能力にも刺激を与えることで、持久力に関わる複数の要因をバランス良く、かつ効果的に向上させることを目指す戦略です。異なる刺激が異なる適応経路を活性化させるため、全身的な持久力と局所的な筋持久力の両方を効率的に高めることができると考えられています。第三部:BFRトレーニングと持久力への可能性さて、BFRトレーナーズ協会の皆様が専門とされるBFRトレーニングは、これらの持久力に関連する筋肉内要因にどのような影響を与えうるのでしょうか?研究が示唆するBFRの役割今回参照した研究論文の結論部分でも触れられているように、BFRトレーニングが、本稿で解説したような骨格筋の適応(筋線維タイプ、サイズ、ミトコンドリア、毛細血管、ミオグロビン)を促進する可能性があり、今後の研究が期待されると述べられています。BFRは持久力関連因子にどう影響しうるか?BFRトレーニングの生理学的メカニズムに関する一般的な知見を踏まえると、持久力向上への貢献についていくつかの可能性が考えられます。 BFRトレーニングは、四肢の近位部をBFRトレーニングベルトで圧迫し血流を制限した状態で行うため、比較的低強度・短時間の運動でも、筋肉内には強い代謝ストレス(乳酸などの蓄積)と低酸素状態が引き起こされます。 この局所的な低酸素環境と代謝ストレスは、血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を強力に刺激することが知られています。VEGFは、新しい毛細血管の形成(血管新生、angiogenesis)を促す主要な因子です。したがって、BFRトレーニングは、特に毛細血管密度の増加に寄与する可能性があります。これは、持久力における酸素供給能力を高める上で非常に重要な適応です。 また、BFRトレーニングによって誘発される強い代謝ストレスは、細胞内のエネルギーセンサーであるAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)などを活性化する可能性があり、これがミトコンドリアの生合成に関わるシグナル伝達経路に影響を与えることも考えられます。ただし、ミトコンドリアに対するBFRトレーニングの直接的な効果については、LITほど明確ではなく、さらなる研究が必要です。トレーナーへの示唆これらのことから、BFRトレーニングは、特に毛細血管新生を促すという点で、持久力向上に貢献する潜在的なツールとなり得ます。高強度トレーニングと同様の刺激を、より低い機械的負荷で筋肉に与えられる可能性があるため、関節への負担を軽減したい場合や、リハビリテーション期のアスリート、あるいは伝統的な持久力トレーニングの補助として有用である可能性が考えられます。 ただし、現時点では、BFRトレーニングが持久力に関連する全ての筋内要因(特にミトコンドリア機能や筋線維タイプへの長期的な影響)に対して、どの程度効果的なのかは、まだ解明されていない部分も多くあります。 BFRトレーナーとしては、BFRが持つ血管新生促進や代謝ストレス誘導といったメカニズムを理解した上で、クライアントの持久力向上という目標に対して、どのように活用できるかを検討していくことが重要です。伝統的な持久力トレーニングと組み合わせるなど、戦略的な導入が求められるでしょう。筋肉への理解を深め、指導の質を高める持久力パフォーマンスの向上には、全身的な指標だけでなく、*骨格筋レベルの要因(筋線維タイプ、サイズ、ミトコンドリア、毛細血管、ミオグロビン)*を深く理解することが不可欠です。これらの要素は互いに連携して機能しており、トレーニングによって特異的に適応します。 LIT、HIIT、偏極トレーニングなど、目的に応じたトレーニング戦略を計画的に実行することで、これらの筋肉内要因を最適化し、より高いレベルの持久力を達成することが可能です。 BFRトレーニングも、そのユニークな生理学的メカニズムを通じて、特に毛細血管新生などを介して持久力向上に貢献する可能性を秘めています。この分野の今後の研究動向に注目しつつ、BFRトレーナーの皆様が、筋肉に関する深い知識を活かし、クライアントのパフォーマンス向上に向けた指導の質をさらに高めていくことを期待します。