コラム
2025/12/25

以前、当協会のコラム(著:山本義徳先生)で「多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)に対するBFRトレーニングの有効性」について触れたことを覚えていらっしゃるでしょうか?
あれから数年が経ち、この分野の研究は世界中で驚くべきスピードで進んでいます。 以前は「効果があるかもしれない」という期待の段階でしたが、2020年から2025年にかけて発表された多くの論文によって、BFRは単なる筋力アップのツールを超え、MS特有の課題である「疲労」や「認知機能」、さらには「睡眠」にまでアプローチできる可能性が見えてきました。
今回のコラムでは、世界中から届いた最新のエビデンスをもとに、今、MSのリハビリテーション現場で何が起きているのか、その最前線をお伝えします。
多発性硬化症の方にとって、運動は必要不可欠でありながら、同時に大きな不安要素でもありました。
「筋肉を維持するために負荷をかけたい。でも、重い負荷はひどい疲労(Fatigue)を招いてしまう」 「運動したいけれど、体温が上がるとウートフ現象(一過性の神経症状悪化)が怖い」
現場のトレーナーや療法士も、このジレンマに頭を悩ませてきたはずです。 しかし、近年のシステマティックレビュー(複数の研究を統合した信頼性の高い報告)は、この問題に対する明確な答えとしてBFRを支持しています。「関節や神経へのストレスは最小限に、効果は高強度トレーニングと同等以上に」というBFRの特性が、まさにMSという疾患の特性にフィットすることが、改めて科学的に証明されつつあるのです。
2024年から2025年にかけて発表された最新の研究で特に心強いのは、やはり筋力と歩行に関するデータです。
具体的には、最大筋力の20〜30%という非常に軽い負荷で行うBFRトレーニングが、70%以上の重い負荷で行う通常のトレーニングと変わらない筋肥大効果を生み出すことが確認されました(Frontiers in Physiology, 2024等)。 MSの方は神経伝達に障害があるため、脳から「強く動け」という指令を出すのが苦手です。しかしBFRなら、そこまで強い指令を出さなくても、筋肉内の環境を変えることで強制的に速筋を働かせることができます。
さらに嬉しい報告として、歩行速度やバランス能力の改善も挙げられます。 重要なのは、「トレーニング後の疲労感が圧倒的に少ない」という点です。リハビリを頑張ったせいでその後の生活に支障が出るのではなく、余力を残したまま機能改善が得られる。これは、患者さんのQOL(生活の質)にとって非常に大きな意味を持ちます。
ここ数年の研究で私たちが最も驚かされたのは、BFRの影響が筋肉だけにとどまらなかったことです。
「運動が脳に良い」とはよく言われますが、BFRは特にその効率が良いかもしれません。 2023〜2024年の研究では、BFRトレーニングがMS患者の認知機能、特に情報処理速度などを改善する可能性が示唆されました。 鍵を握るのは「乳酸」と「BDNF(脳由来神経栄養因子)」です。BFRによって生じた乳酸が血流に乗って脳へ届き、神経細胞の栄養となるBDNFの分泌を促しているのではないか、と考えられています。神経のダメージが病態の根幹にあるMSにおいて、これは非常に希望のある知見です。
「よく眠れるようになった」という現場の声も、データとして裏付けられ始めました。 中高年のMS患者を対象とした研究で、12週間のBFR継続により睡眠の質(PSQIスコア)が有意に改善したという報告があります。適度な運動刺激と自律神経への作用が、良質な睡眠を導いているようです。
かつてBFRは、比較的症状の軽い方やアスリート向けのものだと思われがちでした。 しかし、最新の知見はその常識も覆しています。
歩行に補助具が必要なレベル、あるいは車椅子に近い状態(EDSSスコア6.0-7.0)の方々を対象とした研究でも、BFRは安全に実施でき、高い継続率を記録しました。 むしろ、重いものを持つことができない重度の方こそ、軽い負荷で最大の反応を引き出せるBFRの恩恵を一番受けられる存在なのかもしれません。もちろん、専門家による適切な管理は大前提ですが、適応の幅は確実に広がっています。
これらのエビデンスを現場で活かすために、改めて以下のポイントを意識してみましょう。
「圧」は感覚で決めない 最新の研究では、個人の動脈閉塞圧(AOP/LOP)を測定し、その40〜80%で設定することが推奨されています。「きつめに縛る」はNGです。数値に基づいた安全管理が、信頼と効果に直結します。
「熱」をコントロールする ウートフ現象(※1)を防ぐため、室温管理やセット間の冷却(クーリング)は必須です。BFRなら短時間で追い込めるので、体温が上がりきる前にセッションを終えられるのも利点です。
「翌日」まで見る BFRは直後の疲労感が少ないため、患者さんがつい頑張りすぎてしまうことがあります。「翌日に疲れが残っていないか」を必ず確認し、頻度を調整するプロの目が求められます。
※1ウートフ現象:(多発性硬化症(MS)や視神経脊髄炎(NMOSD)などの患者が、入浴、運動、発熱などで体温が上昇した際に、一過性に神経症状(視力低下、しびれ、筋力低下など)が悪化する現象。体温が下がれば症状は自然に回復する。 )
多発性硬化症とBFRトレーニング。 数年前までは「新しい試み」の一つに過ぎませんでしたが、今や世界中のエビデンスが「安全かつ有効な選択肢」であることを後押ししています。
薬物療法の進歩により、MSと付き合いながら長く生きる時代になりました。「いかに動ける身体を維持し、人生を楽しむか」。そのための強力なパートナーとして、BFRトレーニングはこれからも進化を続けていくでしょう。
ぜひ、最新の知識を武器に、目の前のクライアントさんの可能性を広げてあげてください。
執筆にあたり、以下の主要な学術報告を参照しました。
Inns, T. B., et al. (2024/2025). Effectiveness and Feasibility of Blood Flow Restriction Training for People with Multiple Sclerosis: A Systematic Review. (MS患者に対するBFRの安全性と実行可能性に関するシステマティックレビュー。高い継続率と安全性を示唆。)
Lu, Y., et al. (2024). Effects of Blood Flow Restriction Training on Muscle Strength and Hypertrophy in Untrained Males and Clinical Populations. (低負荷BFRが高負荷トレーニングと同等の筋肥大効果を持つことを示したメタアナリシス。)
Wichita State University Research (2025). The Impact of Blood Flow Restriction and Resistance Training on Functional Outcomes and Fatigue in People with Multiple Sclerosis. (BFR群において、疲労感を抑えつつ歩行機能が改善したことを報告。)
Kargarfard, M., et al. (2023/2024). Blood Flow Restriction Training Improves Cognition Performance and Sleep Quality in Middle-Aged Adults with Relapsing–Remitting Multiple Sclerosis. (認知機能と睡眠の質の向上を示したRCT研究。)
Gera, G., et al. (2023/2024). Feasibility of Low-Load Resistance Training Using Blood Flow Restriction for People With Advanced Multiple Sclerosis. (進行期/重度障害のMS患者に対するBFRの安全性を確認したフィージビリティスタディ。)
リハビリ

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BFRトレーナーズ協会は、安全で的確なトレーニングの指導を行い、正しい知識と技術を持ったトレーナーを育成し、より多くの人たちにその効果を実感してもらえるようBFRトレーニングの普及を目指します。
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