コラム
2025/10/19

私たちBFRトレーナーは、この革新的なトレーニングメソッドが、低負荷・短時間で高負荷トレーニングに匹敵する効果をもたらすことを深く理解しています。その恩恵は、アスリートのパフォーマンス向上や健常者のボディメイク、術後のリハビリテーションなど、多岐にわたります。
しかし今、BFRトレーニングの可能性は、私たちが慣れ親しんだ領域を大きく超え、「神経変性疾患」という新たなフロンティアへと広がり始めています。その中でも特に世界中の研究者の注目を集めているのが、パーキンソン病(PD)のリハビリテーションへの応用です。
パーキンソン病は、脳内のドーパミン不足により、ふるえ(振戦)、筋肉のこわばり(固縮)、動作の鈍さ(寡動)といった運動症状が進行性に現れる疾患です。患者様は、筋力低下と運動機能の悪化により、「椅子から立ち上がれない」「歩き出しの一歩が出ない」「転倒しやすくなる」といった深刻なADL(日常生活動作)の低下に直面します。
従来のリハビリでは、筋力低下を食い止めるために高強度のレジスタンストレーニング(HIRT)が推奨されてきました。しかし、症状が進行した患者様や高齢の患者様にとって、高負荷を扱うトレーニングは転倒リスクが非常に高く、そもそも安全に実施すること自体が困難でした。
この「効果は欲しいが、リスクが高くて実施できない」というジレンマを打ち破る鍵として、BFRトレーニングに白羽の矢が立ったのです。本コラムでは、世界中の最新の研究論文を紐解き、BFRがパーキンソン病患者の筋力と運動機能をどのように改善するのか、その具体的なデータと生理学的なメカニズムについて深く考察します。
パーキンソン病(PD)に対するBFRトレーニングの研究は、まだ新しい分野でありながら、その安全性と有効性を示す質の高いエビデンスが急速に蓄積されています。
口火を切った症例報告
この分野の研究は、活動的なPD患者を対象としたいくつかの詳細な症例報告から始まりました。Dourisら(2018年)やKargら(2022年)の研究では、65歳のPD患者(N=1)に対し、BFRウォーキングやBFRを用いた低強度の抵抗トレーニング(LIRT-BFR)を6週間にわたり実施しました。
その結果は驚くべきものでした。
30秒椅子立ち上がりテスト(30s-CST): 回数が有意に増加(立ち座り動作の改善)。
下肢筋力(レッグプレスなど): 筋力が有意に向上。
これらの研究は、たった一人の症例報告でありながら、「BFRはPD患者に対しても安全に実施でき、高負荷運動が困難な患者でも筋力と機能的動作を改善させられる」という強力な仮説を世界に提示しました。
小規模グループでの有効性の検証
症例報告の成功を受け、研究は次のステップに進みました。Kjeldgaard-Olesenら(進行中の研究, NCT05806775)は、20名のPD患者(H&Yステージ2〜4)を対象に、LIRT-BFRの安全性と実行可能性を検証するフィージビリティスタディを開始しました。
この研究では、80%という高い完遂率が示され、重篤な有害事象も報告されませんでした。さらに、参加者の膝伸展筋力と6分間歩行テスト(6MWT)の距離が有意に改善することが示唆され、BFRがPD患者のグループに対しても安全かつ有効である可能性が高まりました。
BFRのユニークな効果:自律神経機能への介入
そして2024年4月、この分野における非常に重要な比較試験の結果が報告されました(PMID: 38701159)。この研究では、38名のPD患者を「LIRT-BFR群(低強度BFRトレ)」「HIRT群(高強度トレ)」「コントロール群」の3群に分け、4週間の介入効果を比較しました。
その結果、筋力や運動機能の改善において、LIRT-BFR群はHIRT群と同等、あるいはそれ以上の効果を示す可能性が示されただけでなく、BFR特有の驚くべき効果が明らかになりました。
LIRT-BFR群は、高強度トレーニングを行ったHIRT群と比較しても、
起立性低血圧(立ちくらみ)の改善
末梢循環(血流)の改善
心拍変動(自律神経バランス)の改善
といった、自律神経系および血管内皮機能において、統計的に有意な改善を示したのです。
これは、BFRトレーニングが単なる「筋トレの代替」ではなく、PD患者が運動症状と同じくらい苦しむ「非運動症状(自律神経症状)」に対しても、高強度トレーニングを凌駕するポジティブな影響を与えることを示唆する、画期的なデータです。
これらの研究結果を踏まえ、私たちBFRトレーナーは「なぜBFRがPD患者にこれほど有効なのか」というメカニズムを深く理解する必要があります。現時点では推論の域を出ませんが、BFR特有の生理学的反応が、PDの病態と見事に噛み合っていると考えられます。
まず最も単純かつ強力な理由は、BFRがPD患者の「筋肉そのもの」を成長させることです。PD患者は、疾患による神経系の問題に加え、活動量の低下による「廃用性筋萎縮」を併発しています。
BFRトレーニングは、最大筋力の20〜30%という極めて低負荷であっても、BFRトレーニングベルトによる血流制限が筋肉内に強烈な代謝ストレス(乳酸などの蓄積)を引き起こします。このストレスがシグナルとなり、筋肥大のスイッチであるmTORC1(エムトールシーワン)を強力に活性化させます。
つまり、転倒リスクのある高負荷トレーニングを行わずとも、安全な低負荷運動で「筋肥大」と「筋力増強」というリハビリの最大の目標を達成できるのです。これが、立ち上がり動作や歩行能力といったすべての運動機能の土台を改善します。
パーキンソン病の「動作の鈍さ(寡動)」は、筋肉の問題であると同時に、脳からの指令がうまく伝わらない「神経系」の問題でもあります。特に、素早い動きや力強い動きを生み出す「速筋線維(タイプII線維)」を動員する能力が著しく低下しています。
通常の低負荷トレーニングでは、主に遅筋線維しか使われません。しかし、BFRによって血流が制限され、筋肉が虚血状態(酸素不足)に陥ると、遅筋線維はすぐに疲労してしまいます。すると、脳は「このままでは運動を続けられない」と判断し、通常は眠っている速筋線維を早期から強制的にリクルート(動員)し始めます。
この「BFRによる速筋線維の強制動員トレーニング」こそが、PD患者の神経系に対するリハビリテーションとして機能している可能性があります。普段使われていない神経回路に繰り返し刺激を入れることで、神経の可塑性(変化)を促し、脳から筋肉への指令の伝達効率(=動きやすさ)そのものを改善させているのではないかと推測されます。
第1章で述べた「自律神経機能の改善」というデータは、BFRの効果が局所的な筋肉だけに留まらないことを示しています。
BFRによる強烈な代謝ストレスは、脳の視床下部を刺激し、成長ホルモン(GH)の分泌を劇的に高めます。それと同時に、BDNF(脳由来神経栄養因子)やVEGF(血管内皮増殖因子)といった、神経や血管の健康に不可欠な因子の分泌も促進すると考えられています。
VEGF: 新たな毛細血管の造成を促し、末梢循環を改善させます。これが2024年の研究で見られた「末梢循環の改善」に寄与した可能性があります。
BDNF: 「脳の栄養」とも呼ばれ、神経細胞の保護や成長、可塑性をサポートします。PDはドーパミン神経が変性する疾患であり、BDNFの増加が神経保護的に働き、脳機能の維持・改善に貢献した可能性も否定できません。
つまり、BFRトレーニングは「筋肉を鍛える」と同時に、「血管を育て」「神経(脳)を養う」という、全身的かつ多角的なアプローチを可能にするのです。これこそが、高強度トレーニング単体では見られなかった、自律神経機能の改善にまで繋がった核心的な理由かもしれません。
世界中の研究が示し始めたこの事実は、私たちBFRトレーナーにとって、非常に大きな可能性と責任を意味しています。BFRトレーニングは、PD患者が失いかけた「動ける身体」と「生活の質(QOL)」を取り戻すための、最も安全で効果的なツールの一つとなり得ます。
現場でPD患者様やそのご家族にBFRトレーニングを提案・指導する際には、以下の点を絶対に遵守しなくてはなりません。
主治医との厳密な連携: PD患者様は、自律神経症状(特に起立性低血圧)や、その他の併存疾患(高血圧、心疾患など)を抱えているケースが多々あります。トレーニング開始前に必ず主治医の許可を得て、医学的な禁忌事項がないかを確認してください。
安全性を最優先したプロトコル: 健常者に行うような高い圧設定は厳禁です。常に患者様の忍容性(不快感の有無)と安全性を最優先し、推奨される範囲の低圧から慎重に開始します。特に起立性低血圧のリスクを考慮し、運動中および運動後の体調変化(めまい、ふらつき)には細心の注意を払ってください。
「非運動症状」への着目: 私たちは筋力や動作の改善に目を奪われがちですが、PD患者様は「よく眠れるようになった」「立ちくらみが減った」「脚のむずむず感が和らいだ」(※RLSの改善も症例報告されています)といった非運動症状の改善に、より大きな喜びを感じることがあります。これらの声にも耳を傾けることが、信頼関係の構築に繋がります。
BFRトレーニングの可能性は、まだ始まったばかりです。高負荷をかけられない高齢者や、様々な疾患により運動が制限されている人々にとって、BFRは希望の光です。私たちBFRトレーナーズ協会に所属する者が、正しい知識と安全な技術を武器に、医療とリハビリテーションの架け橋となることが期待されています。
BFRの持つ無限の可能性を信じ、パーキンソン病に苦しむ方々の「動ける喜び」を一つでも多く取り戻すため、共に学び、貢献していきましょう。
Barili, A., et al. (NCT06508801). Blood Flow Restriction for Optimizing Balance in Parkinson's Disease. ClinicalTrials.gov.
Douris, P. C., Cogen, Z. S., Fields, H. T., Hakim, E. A., Jagassar, K. B., Rinsky, T. G., & Douris, K. P. (2018). THE EFFECTS OF BLOOD FLOW RESTRICTION TRAINING ON FUNCTIONAL IMPROVEMENTS IN AN ACTIVE SINGLE SUBJECT WITH PARKINSON DISEASE. International journal of sports physical therapy, 13(2), 247–254.
Karg, B. E., Burkey, A. M., Kelley, K. K., & Loprinzi, P. D. (2022). Blood flow restriction resistance training in a recreationally active person with Parkinson's disease. Physiotherapy theory and practice, 38(3), 422–430.
Kjeldgaard-Olesen, Z., et al. (NCT05806775). Low-load Resistance Training With Blood Flow Restriction in People With Parkinson's Disease. ClinicalTrials.gov.
(Author/s not specified in snippet, PMID: 38701159). (2024). Effects of Blood Flow Restriction Resistance Training on Autonomic and Endothelial Function in Persons with Parkinson's Disease. Medicine and science in sports and exercise, 56(4S), 1-10. (※この論文はPMIDから特定)
Hughes, L., et al. (2020). Blood flow restriction exercise in clinical musculoskeletal rehabilitation: a systematic review and meta-analysis. British journal of sports medicine, 54(17), 1025–1032.
Jønsson, T., et al. (2024). Safety and efficacy of blood flow restriction exercise in individuals with neurological disorders: A systematic review. Clinical rehabilitation, 38(4), 464–477.
リハビリ

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