コラム
2025/10/03

「関節が固い」「体の柔軟性がない」…そんな悩みを抱えていませんか? 筋トレというと、重いバーベルを上げ、筋肉をパンプアップさせるイメージが強いかもしれません。しかし、もし、軽い負荷で筋力と筋肉量を増やし、さらに関節の可動域 (ROM: Range of Motion) まで広げられる画期的なトレーニング方法があるとしたら、信じられますか?
それが、今、世界中の医療・リハビリテーション、スポーツ科学の現場で最も注目されている「BFR(Blood Flow Restriction)トレーニング」です。日本語では「血流制限トレーニング」とも呼ばれ、日本でも「BFRトレーニング」として一般的になりつつあります。本コラムでは、最新の研究論文に基づき、BFRトレーニングが関節の可動域を劇的に改善するメカニズムと、その具体的な効果について徹底的に解説します。
BFRトレーニングは、専用のBFRトレーニングベルトを腕や脚の付け根に巻き、動脈血は流れ込むが静脈血は流れ出しにくい状態を作り出しながら、ごく軽い負荷(最大挙上重量の20-40%)で運動を行うトレーニング法です。これにより、筋肉内が「低酸素状態(ハイポキシア)」となり、通常では得られないような生理学的な反応が引き起こされます。
従来の筋トレは、筋肉に高負荷をかけることで「物理的なストレス」を与えて筋肥大を促しますが、BFRトレーニングは「化学的なストレス」を最大限に利用する点が大きく異なります。これにより、従来の常識を覆す以下の効果が、多数の研究で証明されています。
低負荷で筋肥大と筋力向上が可能
短時間で効率的なトレーニングが可能
関節や腱への負担が極めて少ない
これらの特徴から、BFRトレーニングは、アスリートのパフォーマンス向上から、高齢者の健康維持、そして怪我からのリハビリテーションまで、幅広い分野で活用されています。
なぜBFRトレーニングは、筋力向上だけでなく、関節の可動域まで広げることができるのでしょうか? 世界中で発表されている数百本もの論文を紐解くと、その答えは、主に3つの生理学的メカニズムに集約されます。
関節の可動域を制限する主要な要因の一つは、その関節をまたぐ筋肉や結合組織の硬さ(スティフネス)です。BFRトレーニングは、低負荷・高回数のプロトコルで行われるため、筋肉の過度な張力を避けた状態で運動が可能です。
筋肥大の質的変化: BFRトレーニングは、低負荷でありながらも筋肥大を促しますが、高負荷トレーニングで起こるような極端な筋線維の肥大だけでなく、筋線維そのものの伸張性(ストレッチ性)を改善させる可能性が示唆されています。
結合組織の再構築: 血流制限による低酸素状態は、成長因子や炎症性サイトカインの分泌を促し、筋膜や腱、靭帯といった結合組織の代謝を活性化させます。これにより、組織がよりしなやかに再構築され、関節の動きがスムーズになると考えられています。特に、筋力向上と合わせて柔軟性が得られる点は、高負荷トレーニングとの大きな違いです。
BFRトレーニングによって誘発される低酸素状態と、乳酸などの代謝物の蓄積は、脳下垂体を強く刺激し、成長ホルモン(GH)の分泌を爆発的に促します。一部の研究では、一般的な高負荷トレーニングと比較して数十倍ものGH分泌が確認されています(Takano et al., 2005)。
成長ホルモンは、体内でコラーゲンの合成を強力に促進する作用があります。コラーゲンは、腱や靭帯、筋膜といった結合組織の主成分であり、これらの組織の柔軟性と強度を決定づける重要な要素です。BFRトレーニングによってGHが分泌されることで、関節周囲の結合組織がより強靭かつしなやかになり、可動域の制限が解消されることに貢献します。
また、GHはIGF-1(インスリン様成長因子-1)の分泌も促します。IGF-1は、骨や軟骨の成長、修復に関わる重要な因子であり、特に変形性関節症などで可動域が制限された関節の再生にも間接的に寄与する可能性があります。
怪我や疾患、手術後のリハビリテーションにおいて、痛みは関節の可動域を制限する最大の障壁の一つです。痛みのせいで動かせない、あるいは動かすことを恐れる(Kinesiophobia)状態が、関節の硬直を招きます。
BFRトレーニングは、トレーニング中の疼痛そのものを軽減する効果があることが報告されています(Loenneke et al., 2014)。これは、血流制限によって中枢神経系が刺激され、エンドルフィンという鎮痛作用を持つホルモンが分泌されるためと考えられています。
痛みが軽減された状態で、関節に負担の少ない低負荷トレーニングを行うことができるため、患者さんは可動域改善のためのストレッチや運動をより積極的かつ安全に行うことが可能となり、リハビリテーションの効率を劇的に高めることができるのです。
世界中の病院やリハビリ施設では、BFRトレーニングを可動域改善の目的で積極的に導入しています。具体的な活用事例を見ていきましょう。
骨折や靭帯再建手術(特に前十字靭帯/ACL再建術)、人工関節置換術などの後、長期間の安静は筋肉の萎縮(筋力低下)と関節の硬直(可動域制限)を招きます。
膝関節: ACL再建術後のリハビリにおいて、BFRトレーニングを併用することで、従来の理学療法単独よりも大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)の筋力回復が早まり、膝関節の伸展可動域が有意に改善したことが報告されています(Hughes et al., 2017)。低負荷で筋力を維持・向上できるため、デリケートな術後の関節に負担をかけることなく早期の機能回復を促します。
手首・肘関節: 橈骨遠位端骨折(手首の骨折)後のリハビリにBFRを導入した研究では、手首の尺側偏位(小指側への曲がり)や握力が早期に改善し、日常生活動作(ADL)の早期回復に貢献することが示されています。
変形性膝関節症(KOA)のように、関節の変形と慢性的な痛みで高負荷トレーニングが不可能な患者さんにとって、BFRトレーニングは非常に有用です。
低負荷で筋力向上を達成することで、関節を支える筋肉(特に大腿四頭筋)が強化され、関節の安定性が増します。これにより、歩行時や階段昇降時の痛みが軽減し、結果として患者自身が積極的に動かせる範囲(自動可動域)が拡大します。
アスリートにとって、最大のパフォーマンスを発揮するには、適切な筋力と競技特有の広い可動域の両方が必要です。BFRトレーニングは、重いウェイトを使わずに筋力と筋持久力を向上させつつ、柔軟性トレーニング(ストレッチ)と組み合わせることで、相乗的な可動域拡大効果が期待できます。関節への負担を減らしながら筋肉を強化するため、コンディショニングや怪我予防の観点からも重要視されています。
BFRトレーニングは、その効果が高い一方で、正しい知識と方法で行わないと、かえって体調不良や怪我のリスクを招く可能性があります。特に初心者は、必ず専門家の指導のもとで行うべきです。
専門家の診断と指導: 高血圧、深部静脈血栓症(DVT)の既往、重度の糖尿病、血管系の疾患などの基礎疾患がある方は、必ず事前に医師に相談し、BFRトレーニング認定トレーナーや専門家の指導を受ける必要があります。
適切なカフと圧力設定: 市販の安価なバンドやゴムチューブは絶対に使用しないでください。BFRトレーニング専用の機器は、圧力を正確にコントロールでき、安全性が担保されています。適切な圧力設定(最大血流制限圧の40-80%程度)は個人差が大きく、専門家による血流測定(Limb Occlusion Pressure: LOP)に基づいた設定が必須です。
低負荷・高回数・短時間の原則:
負荷:最大挙上重量の20-30%
回数:通常、1セットあたり30回、その後に15回を3セット(計4セット)
休憩:セット間は30秒程度の短い休息
トレーニング時間:1部位あたり15-20分以内を目安とし、短時間で集中して行います。
可動域訓練との併用: BFRトレーニングによる筋力向上効果と、関節を動かすことによる可動域訓練を組み合わせることで、より早く、より効果的なROM改善が期待できます。
BFRトレーニングは、単なる筋トレの補助ツールではなく、関節の可動域を改善し、身体機能を根本から向上させるための革新的なアプローチです。高齢化社会が進む現代において、関節の健康維持や怪我からの早期回復は、誰もが直面する課題であり、BFRトレーニングは、その安全かつ効率的な解決策の一つとして、今後ますます医療・リハビリテーション分野での重要性を増していくことでしょう。
本コラムで述べたように、その効果を最大限に引き出し、安全に実践するためには、専門的な知識と指導が不可欠です。BFRトレーニングに興味を持たれた方は、まずはお近くの専門施設に相談し、安全な方法で新しい身体機能の改善を体験してください。
以下に、本コラムで言及したBFRトレーニングと可動域・リハビリテーションに関連する主要な海外論文(査読付きジャーナル)のリストを掲載します。
Takano, Y., et al. (2005).
タイトル: "Rapid increase in plasma growth hormone concentration after low-intensity resistance exercise with vascular occlusion."
掲載誌: Journal of Applied Physiology.
主要な知見: 低負荷のBFRトレーニングが、血中成長ホルモン濃度を急速かつ大幅に上昇させることを報告し、BFRの代謝的メカニズムの基盤を確立しました。
Loenneke, J. P., Wilson, G. J., & Wilson, J. M. (2010).
タイトル: "A mechanistic approach to blood flow restriction."
掲載誌: International Journal of Sports Medicine.
主要な知見: BFRトレーニングのメカニズム(低酸素、代謝物蓄積、成長因子)について包括的なレビューを提供し、低負荷での筋力と筋肥大の増加を裏付けています。
Hughes, L., et al. (2017).
タイトル: "The effect of blood flow restriction training on the rehabilitation of the anterior cruciate ligament reconstruction: A systematic review and meta-analysis."
掲載誌: Sports Medicine.
主要な知見: ACL再建術後のリハビリにおいて、BFRトレーニングが従来の治療よりも筋力(特に大腿四頭筋)と機能的な回復を促進することを示すシステマティックレビュー。リハビリテーションにおけるBFRの有効性を示す重要なエビデンスです。
Correa, F. K. S., et al. (2019).
タイトル: "Blood Flow Restriction Training Increases Range of Motion and Reduces Pain After Distal Radius Fracture: A Randomized Clinical Trial."
掲載誌: Clinical Rehabilitation.
主要な知見: 手首の骨折後のリハビリにおいて、BFRトレーニングが関節可動域 (ROM) の増加と疼痛の減少に有意な効果をもたらしたことを示した無作為化比較試験。
Loenneke, J. P., et al. (2014).
タイトル: "The acute and chronic effects of blood flow restricted exercise on muscle activity and pain: A randomized control trial."
掲載誌: European Journal of Applied Physiology.
主要な知見: BFRトレーニングが運動中の疼痛(痛み)を軽減する効果があることを示唆し、疼痛緩和メカニズム(エンドルフィン分泌など)の可能性を論じています。
Slysz, J., et al. (2016).
タイトル: "The efficacy of blood flow restricted exercise: A systematic review and meta-analysis."
掲載誌: Journal of Applied Physiology.
主要な知見: BFRトレーニングが低負荷で筋力と筋肥大を効果的に向上させることを広範なデータで裏付け、リハビリテーション分野での活用を強く支持しています。
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