クラシックバレエは日常使っている筋肉とは異なる筋肉を使って踊られます。そのため、バレエの治療には、バレエテクニックとそのための筋肉を熟知していることが必要です。たとえば、十字靭帯断裂はスキー事故、サッカー・ラグビー等の球技の接触事故で多く発生します。同様に、クラシックバレエでも、その発症が非常に高いものです。十字靭帯断裂は、膝内部の靭帯が断裂したものであり、スポーツ時に発生した十字靭帯断裂と、バレエのレッスン時に発生した十字靭帯断裂も同じ靭帯の断裂事故です。しかし、障害が発生したメカニズムが異なれば、その治療の対処は異なります。特に、リハビリの運動処方は全く異なるものとなります。これまでバレエによって発生した十字靭帯断裂もスポーツ時の接触事故によるその断裂も、リハビリの運動処方は同じ手法で行われてきました。しかし、バレエをはじめとするダンス障害の発生メカニズムの研究が進むにつれて、舞台復帰までのリハビリ指導には専門的な指導が必須であることが判って来たのです。すなわち、バレエ障害のリハビリはスポーツ障害のリハビリとは全く異なることが判ってきたのです。バレエのための筋肉を動作解剖学から検討するリハビリ クラシックバレエは両足を左右に開き、踊ります。このターン・アウト(またはアンディオール)は、私たちの日常生活では行われることのない姿勢です。普段、しゃがみ込む動作は膝を前にして、深く腰を落とし、座り込む動作をします。このため、大腿四頭筋と大殿筋、ハムストリングを主導筋と拮抗筋として行われる動作です。すなわち、通常のしゃがみ込む動作では、下肢を上下させる主導筋である大腿四頭筋をフルに使って大腿部を動かし、大腿四頭筋を構成する大腿直筋、外側広筋、内側広筋、中間広筋のすべてを動員して腰の上げ下げをします。しかし、クラシックバレエでは、腰の上げ下げ(プリエ)の動作では、大腿直筋と中間広筋のみを使って膝の上げ下ろしを行います。すなわち、羽状筋といわれる筋繊維が一般の筋肉と異なり、すばやい動作と強い力を発揮する特殊な筋繊維の並び方をしている大腿直筋と中間広筋のみを使って、腰を上げ下げするのです。さらに、太ももの外側にある外側広筋と内側にある内側広筋肉を極力使わずに大腿部の中央部にある大腿直筋とその真下の中間広筋のみを使って、腰の上下運動を行うように筋肉を操作するのです。その結果、筋力トレーニングの鉄則であるローの法則に従い、使われない筋肉は萎縮し、痩せ細るのです。このような手法で筋肉を操作することでバレエダンサーは脚部を細く、強靭な筋肉の構成に変えて行くのです。しかし、大腿部のトレーニングの基本はスクワットといわれる腰を上下させる運動です。このスクワットによる大腿部の筋肉の増強メニューを実施した場合、大腿四頭筋を構成するすべての大腿直筋、中間広筋、外側広筋、内側広筋の筋繊維が肥大し、6ヶ月後には脚は大きく、醜く発達し、バレエダンサーの脚とは見られない脚となってしまいます。これまで、一般医院整形外科とリハビリテーション科による運動指導を受けたダンサーの大腿部はこの典型的な筋力トレーニングにより、大腿四頭筋の強化を受けるケースがほとんどでした。そのため筋肉の付き過ぎた太ももを細いバレリーナの脚に戻すために、6ヶ月間の再調整のリハビリが必要でした。さらに、バレエの知識の無い指導員がプリエの動作をダンサーから聞いて、大腿部と膝周辺部の筋肉の強化を行う場合でも、膝の位置をほとんど変えずに腰を上下させる運動と膝を大きく外へ向けて遠ざけながら腰を上下させる運動では、筋肉の操作が違います。このバレエテクニックによるプリエ動作と一般の腰を落とす動作との違いが理解できない指導員がバレエダンサーのリハビリを指導した場合、間違いをおかし、ダンサーの脚を肥大させてしまうケースが非常に多いのです。 クラシックバレエは、両足を左右に外側に向け、左右の膝が大きく離れるように動きながら、腰が落ちます。この動作の場合、膝周辺の筋肉は非常に大きな力を発揮しないとならないのです。このプリエ動作は、正しいバレエでは非常にゆっくりとした動作として行われるため、筋肉の肥大をなるべく抑える動作となります。しかし、筋トレを目的としたスクワット動作では、腰を上下にスピーディに動かします。この結果、膝関節部周辺の筋肉はより大きな負荷を受けるために大きく発達してしまうのです。このように脚は、腰の上下運動時の腰と膝の筋肉の動かし方、降下速度・上昇速度によって、通常は正しいとされる運動処方がバレエダンサーの姿を醜い姿に変えてしまうのです。BFRリハビリを応用したバレエ障害リハビリ四肢にBFRトレーニングベルトを巻くことによって、成長ホルモンの分泌が促進され、筋繊の肥大が急速に進むことを日本、カナダ、アメリカ、メキシコをはじめ多くの国々で論文が発表されています。この筋繊維の肥大促進を応用することで、通常の負荷よりも軽い運動処方でクラシックバレエに必要な筋肉を選んで、強化することが可能となりました。その結果、効率よくバレエに必要な筋力を強化することができるため、通常のリハビリ以上に早期に舞台復帰が可能となったのです。一日も早い舞台復帰を望まれる場合、必要な筋肉をすばやく鍛えつつ、不必要な筋肉の肥大をできるだけ抑えることが必要です。バレエ障害の治療にBFRリハビリを応用した場合、通常のリハビリより非常に早い舞台復帰が可能であると判明しました。このBFRリハビリを応用したバレエ・ダンス障害リハビリは、必要な筋肉のみをすばやく鍛えることが可能なことから、ダンサーの早期舞台復帰を助けるバレエ・ダンスに最適な運動処方と言えるでしょう。「里見悦郎のバレエ障害講座:BFRトレーニングを用いたバレエ障害治療」より