私たちの日常生活の動作は、脳の記憶野に保存されています。意識せずとも脳に記憶された動作は、運動野を通して全身の筋肉に指令を伝え、筋肉は動き出します。すなわち、「動け」と脳で命令を出さなくても、自動的に手足は動き出すのです。自動化された運動の基本は、立位姿勢の保持です。目を覚まし、ベットから身を起こし、立ち上がるような動作では、全身の筋肉を意識的にコントロールして立ち上がることはなく、自動化されたメカニズムです。クラシックバレエのように、日常生活の歩行に使われる筋肉とは異なる筋肉を使い踊られるダンスでは、バレエを踊るための筋肉を意識的に操作しない場合、日常生活の筋肉を動かしてバレエを踊ってしまうため、いわば、間違った筋肉を使ってバレエを踊ることとなる結果、関節の動きに不具合を引き起こし、障害が発生します。このため欧米のダンス医学界では「クラシックバレエの障害の原因はすべてテクニックの間違いが原因である」すなわち、「下肢の関節(股関節、膝関節、足関節)を間違った筋肉を使い、正しくない方向に操作し、無理してバレエ姿勢を作り、踊ることで障害が発生する」としています。足裏も、同様に、間違った筋肉を操作し、つま先立ちすることでトラブルが多発します。足裏の操作は、意識的に特定の筋肉の操作の仕方を学び、特定の足裏と下肢の筋力(膝から下の筋肉)を強化しないと、意図とは反し、バレエ障害を発生させる原因となります。身体を支え、押し上げ、衝撃を吸収する土踏まずの筋肉の強化足裏と手裏の筋肉の構造は非常に良く似ています。足裏も手裏も指を動かす短母指屈筋(たんぼしくっきん)や母指外転筋(ぼしがいてんきん)、虫様筋(ちゅうようきん)などの多くの筋肉で構成されています。手は、指を使い物をつかむことができるため、筋肉の操作性は非常に高く、手のひらは虫様筋と指の屈筋(折り曲げるための筋肉)を自由に意志でコントロールできるため、お椀を作るように手のひらをつぼめて水をすくい取ることが出来ます。足の裏のアーチもそれを操作して作る筋肉は手と基本的には同じ筋肉で、短母指屈筋と母指外転筋、虫様筋の筋肉によって作られます。片足でバランスを取る時、足裏で床をつかみ、倒れないように踏ん張ります。あるいはグランバットマンを蹴り上げる時、床の脚はその足裏で床をつかんで体重を支えます。この足裏の操作性が高く、その筋肉が発達していることがトップバレリーナの条件です。プリマバレリーナの多くは、土踏まずが埋まるほどに短母指屈筋や母指外転筋が発達しています。これらのダンサーは一見偏平足のように見えますが、実際は、筋肉が発達している証拠なのです。足の裏を鍛えることで、足の動きが早くなるかどうかの研究はありません。しかし、足の裏の土踏まずの形成に問題があり、アーチが崩れている人は、走るのが遅く、疲れやすいことが調査で判っています。走る動作、ジャンプ動作が優れているかどうかは、身体をバネのように使う全身の操作性によって決まります。黒人の競技者が優れた記録を出すのも、下肢をバネのように使っているからです。足の裏のアーチが、跳び箱の踏み切り板のような役割を果たしてくれるのです。バレエも、ジャンプが高いダンサーは足裏の筋肉が発達し、さらに、土踏まずのアーチが踏み切り板の働きをしているのです。特に、ポアントで踊る女性は、床からポアントで立ち上がるには、床を強く押して立ち上がる必要があります。このようなエシャッペの動作の踏み切りを助けるのが足裏の筋肉なのです。足裏の筋肉を強化することは女性ダンサーの必修トレーニングとなります。複数回のピルエット、32回のフェッテの成功も足裏の強靭な筋肉で身体を引き上げるジャンプ動作の操作が優れていることが決定的な決め手となります。 足裏のアーチを保つには、足指の屈筋郡を良く鍛えることです。足裏の筋肉は、持久力の強い筋肉繊維であることが筋肉生理学の研究で判っています。この筋肉を鍛える効果的なトレーニングは、軽い負荷でたくさん動かすことで、総合的な能力を高めることができることが指摘されています(東京大学教授石井直方)。ですから、負荷を掛けずに数多く動かすことで鍛えることができます。このような最新の筋肉生理学の研究の結果、ゴムバンドを足裏に巻いてトレーニングを行うトレーニング法は足裏の筋力の強化には、それなりに効果があるものの、実際は、足指をグーパー運動させるだけのシンプルな操作の方が、筋力を高め、さらに、神経網の発達を高めることが判り、バレエダンサーに向いているのです。足裏の筋肉とリハビリ骨格の操作性は、その骨を動かす筋力と骨と骨とが接する関節のアライメント(骨の並び方)によって決まります。トゥシューズを履くバレエダンサーの足裏は非常に強靭な筋肉とその筋力が必要です。しかし、このトゥシューズが足に合わないために、足の甲の部分の関節の働きを阻害し、関節の操作性が低下することで、足指を自由に動かせなくなり、足裏の筋肉の強化ができないケースが多いのです。さらに、外反母趾は有名ですが、母指と反対側の小指側の中側骨が外へ飛び出してしまうバレエ特有の障害も多く発生しています。足裏の筋肉が十分に筋力を高める前に、トゥシューズを履き、長時間の訓練を繰り返したため、足裏の筋肉が体重を押し返すことができず、圧し掛かった体重が小指側の中足骨を外へ押し出してしまう症例です。このような小指の外反の治療は、ポアントでつま先立ちした際に、足指の正しい操作法と足裏で体重を支える筋肉の強化が必要です。このようなバレエ障害のリハビリは、バレエテクニックを熟知し、バレエ障害の発生メカニズムの動作分析を習得したリハビリ指導員による指導が必要です。さらに、足裏の筋肉の肥大を早めるには、無酸素系運動リハビリによって筋肉の肥大を抑制する物質ミオスタチンの活性化を抑え、筋肉の肥大を促進させるBFRリハビリが最適です。「里見悦郎のバレエ障害講座:BFRトレーニングを用いたバレエ障害治療」より