現在、プロとして活躍する日本人ダンサーの多くが3歳から4歳の時期にバレエを始めています。これはロシア、英国などのバレエ先進国のバレエ学校が10歳から生徒を受け入れている状況から見ても、日本のバレエ教育がとても早くスタートしている特徴があります。もちろん、欧米でも、3~4歳からバレエを習わせる親も多くいますが、それは情操教育の一環としてのものです。近年、日本では、10歳前後のバレエを学ぶ小学生にも足(膝下の下肢を含め)に痛みを覚える子どもが出ています。特に、シンスプリントと呼ばれる脛骨(けいこつ)に痛みを持つ児童など、青年・成人に発症する障害が確認されており、子どものバレエ障害が目に見えないところで進行していることが指摘できます。どのバレエ学校でも、早くからトゥシューズを履くことを希望する児童と保護者がおり、このような早期から難しいバレエテクニック修得を求める風潮があり、対応するバレエ教師も苦慮している状況があります。大切なことは、子どもの身体と成人の身体では、構造の上でも、骨の強度でも、全く違うという正しい医学上の認識が、バレエ界に伝わってくれることです。発育・発達の視点から見たバレエ障害の変化人は誕生から、幼児期、少年期、青年期を経て成人になります。それに要する時間は20年です。成人後、加齢に伴ない老化し、身体は衰えていきます。この成人に達するまでの20年の間に、人の身体は大きく変化します。その変化は、身長が伸び、体重が増え、成人の体格となります。この外見上の変化と異なり、身体の内部でも、ゆっくりとですが、劇的な骨格の変化が起きているのです。男と女の性別により、この幼児期、少年期、青年期の身体の変化は異なります。女児が成人女性となるのに、約16年掛かります。一方、男児は18年から20年掛かります。この男女の性差は、クラシックバレエのような繊細なバランス能力が求められ、高度なジャンプ、回転技を習得するまでの、訓練課程に違いを生みます。さらに、男性と女性のバレエテクニックの違いによっても訓練のカリキュラム、進め方に影響を与えるのです。幼児期の骨は、柔らかく、筋肉を通して骨に伝わる外からの力によって大きく歪みます。立ち上がったばかりの子どもの脚は、体重を支えるためO脚となっています。脚の骨が体重に負け、外側へ歪むことにより身体を支えているのです。その後、骨は徐々に強くなります。小学生となり、身長が急速に伸び始めると、骨と筋肉が付着する箇所が、骨の成長のスピードに追い付けず、筋肉が張り、付着部分の骨の正面に痛みを発症させる一般に成長痛と呼ばれる痛みを訴える児童が多くいます。筋肉も骨も供に柔らかく、柔軟です。筋肉も骨も互いに柔軟に骨格の成長に対応することで、大きな障害は発生しません。しかし、中学・高等学校生になると、筋肉が強くなり、より大きな力を発揮できるようになります。その結果、骨と筋肉が付着する箇所が、筋肉の張力に耐え切れずに、力を入れた時に骨が筋肉に引き剥がされてしまいます。このようにして発生する剥離骨折が中学生頃から増加します。これは筋肉が強くなるのに対して、骨の強度が高まるのが追いつかないことから起きる現象です。さらに、20歳を過ぎ、今度は骨が固くなり強くます。そうすると強い力が筋肉から骨に伝わった時、骨と筋肉が付着する箇所で、筋肉あるいは腱を痛め、切れるという現象が起こるようになるのです。このように人間の身体は成長と発育により、骨と筋肉の力関係が変化し、それに合わせるように障害の発生メカニズム、障害箇所が変化するのです。この障害の発生メカニズムの変化が、バレエ・ダンスに特有な年齢別障害の特徴となります。問題は、年齢による骨と筋肉の変化とバレエ・ダンスの特有なテクニックにより、障害の発生メカニズム、障害の大きさ、ダメージに大きな差を生み、その治療を難しくするのです。児童のバレエ・ダンス障害治療 クラシックバレエはつま先立ちすることで踊られます。この骨と筋肉の発育・発達の他、さらに、10歳を過ぎた少女はトゥシューズを履くことにより、通常の歩行動作と全く異なる生体力学上の力が、児童の骨格と筋肉に働き掛け、障害を発生させるのです。そのため、10歳から17歳までの成長期のバレエを学ぶ子どもたちの診療には、クラシックバレエのテクニックと年齢別バレエ・ダンス障害の発生メカニズムの違いを理解するリハビリ工学の専門家の参加が必要なのです。バレエ・ダンスは、8年から10年が要する訓練が必要です。バレエ教師と保護者は、幼児、児童、少年、青年、成人とその身体が違うことを認識した上で、子どもたちの痛みの訴えに耳を傾けることが必要なのです。そして、専門医の診察を受け、適切な治療を受けることが必要となるのです。「里見悦郎のバレエ障害講座:BFRトレーニングを用いたバレエ障害治療」より