前回はmTORC1を活性化する栄養素としてロイシンを紹介しました。今回は「EPA」について解説していきましょう。EPAの大きな特徴として、タンパク合成酵素であるp70s6kのリン酸化や4E-BP1のリン酸化を起こす作用があるものの、その上流にあるmTORC1の活性増加はそれほど起こさないというものがあります。(※1, ※2)※1の研究ではEPAの摂取により、タンパク合成は25%増加し、タンパク分解は22%低下しています。mTORC1の活性化は癌細胞などの増加を促進する可能性があるのですが、mTORC1に影響を与えず、タンパク合成酵素だけ活性化させることができれば健康面でのメリットが大きくなります。またEPAには、PPARαを活性化する作用もあります。PPARαが活性化するということは、脂肪のエネルギー化が進むことだと考えてください。京都大学の研究で、高脂肪食に加えてEPAとDHAを10週間、マウスに与えたところ、ただ高脂肪食を与えただけの群と比較してEPAとDHAを摂取した群は内臓脂肪が15~25%減少していたのです。(※3)この研究では脱共役タンパクであるUCP-1が増加することによって白色脂肪組織が褐色脂肪組織に似たベージュ細胞に変化する現象が示されています。またβ3アドレナリン受容体の発現も増えています。この作用はカプサイシンの受容体として知られるTRPV1という感覚受容チャネルを介して起こるもののようです。さらにEPAにはタンパク質の分解を抑えてくれる作用もあります。「ユビキチン・プロテアソーム系」と呼ばれるタンパク分解系においては「NF-κB」という核内転写因子が活性化されます。しかしEPAはNF-κBの働きを抑えてくれるため、ある報告によればタンパク分解は88%抑制されたという結果になっています。(※4)なおEPA単体や「EPA+カゼイン」ではタンパク合成は起こらず、「EPA+ロイシン+アルギニン+メチオニン」によってタンパク合成は倍増したとのことです。またEPAとDHAはアディポネクチンやGLUT4の発現を増加させてSREBP1cを減少させて体脂肪の蓄積を防いだり、脂肪酸合成酵素の活性を低下させたりといった作用があることも判明しています。(※5)【メモ】DHA・EPAは、処方箋が必要な薬にもなっています。医師が処方するDHA・EPAは、「ロトリガ粒状カプセル2g」と言います。ロトリガは、武田薬品が販売する「EPA・DHA製剤」です。一般名は、「オメガ−3脂肪酸エチル」と言います。「EPA・DHA」には色々な効能がありますが、主に高脂血症の治療薬として処方されます。「EPA・DHA」には、中性脂肪を下げる働きの他、脳の記憶力、学習能力の向上、認知症予防、高血圧の改善、抗アレルギー作用などがあるとされていますが、これらに対してはまだ明らかにされていないため、保険適応外になります。※1:The effect of eicosapentaenoic and docosahexaenoic acid on protein synthesis and breakdown in murine C2C12 myotubes.Biochem Biophys Res Commun. 2013 Mar 22;432(4):593-8. doi: 10.1016/j.bbrc.2013.02.041. Epub 2013 Feb 21.※2:エイコサペンタエン酸が骨格筋萎縮と肥大に及ぼす効果総合保健体育科学. v.37, n.1, 2014, p.58※3:Fish oil intake induces UCP1 upregulation in brown and white adipose tissue via the sympathetic nervous systemScientific Reports, 2015; 5: 18013 DOI: 10.1038/srep18013※4:Effect of eicosapentaenoic acid, protein and amino acids on protein synthesis and degradation in skeletal muscle of cachectic miceBritish Journal of Cancer (2004) 91, 408–412. doi:10.1038/sj.bjc.6601981※5:Modulation of adipocyte differentiation by omega-3 polyunsaturated fatty acids involves the ubiquitin-proteasome system.J Cell Mol Med. 2014 Apr;18(4):590-9.